イノベーションと私たち


社会はどのように繁栄し、また、どのように衰退して行くのでしょうか? 

どんなに良くできた組織、社会、制度、文化でも永久に繁栄し続けることはできません。時の流れとともに陳腐化し、衰退し、やがて崩壊していきます。それは人類の進化の歴史が証明しています。

しかし、悲観的になる必要はありません。「変化」と「イノベーション(技術的&社会的)」があるからです。

 

イノベーションの発生速度を左右する3要因

 

カリフォルニアの進化生物学者ジョゼフ・ヘンリックらは、さまざまな文化や民族の栄枯盛衰の調査・研究を通じて、人間社会におけるイノベーションの発生速度を左右する要因として下記の3つがあることを特定しました。

  1. 社会(Sociality)                                                  社会(母集団)の規模とその相互接続性(関係性)を指します。母集団が小さいと学習モデルが少なくなります。
  2. 文化的多様性(Cultural Diversity)                                            集団メンバーの個性、信念、価値観、技術、言語などの「深い多様性」、および階級、富、職業、学歴、専門分野、政治的信念、宗教などの文化的クラスターによる「統計的な多様性分類」などです。一般的に、多様性が豊かな社会ほどイノベーションの発生速度は速まります。
  3. 伝達忠実性(Transmission Fidelity)                                          情報伝達の忠実度と効率のことで、集団内の社会的学習の速度と質と量に影響します。コミュニケーションを改善することで伝達忠実性は向上します。目標共有性、共同注意、寛容、向社会性、心の理論などが関係します。                  一般的に、文化的多様性が増すと伝達忠実性は低下し、イノベーションの発生速度は低下します。

では、とりわけ21世紀に入ってからイノベーションの発生速度が加速したのはなぜでしょうか?

その理由を探るために、上記の3つの要因が、21世紀に入ってどのように変化したのかを見てみましょう。

 

  1. インターネットと交通手段の発達により、世界中の人々と国々のあいだのつながり(相互接続性)が向上し、社会性が拡大しました。
  2. さまざまな文化・民族の交流が盛んになり、地球規模の市場経済やサプライチェーンやサイバー空間などが誕生し、グローバルなレベルでの文化的多様性が増大しました。
  3. 下図の通り、英語という世界共通語が普及したことにより、文化・民族間のコミュニケーションが改善され、伝達忠実性が改善されました。

つまり、21世紀に入ってから、グローバルなレベルで3つの要因(社会性、文化的多様性、伝達忠実性)のすべてが向上したことが、イノベーションの発生速度を加速させたと考えられます。

21世紀という時代のイノベーション

21世紀のイノベーションには以下のような特徴があります。

  1. デジタル技術を活用し、ビジネスをスピーディーに、スタートアップからグローバルに展開する。
  2. ネットワークを駆使し、世界中の利用可能なリソースを効果的に組み合わせる。(オープンイノベーション)
  3. 新たな価値・アイディアを創出することを重視する。
  4. スマートフォンに見られるように、人間にとっての価値・利便性を重視し、グローバルな規模で人々の生活様式や産業構造を変えてゆく。

過去のイノベーションがテクノロジーとビジネス重視だったのに対し、グローバライゼーションが加速し多様性を深めていく21世紀におけるイノベーションは、人間価値(例えば、利便性や生活の快適さ、持続可能性、環境など)を重視する方向にシフトしてきました。

 

このことは何を意味するのでしょうか? 3つ考えられます。

  1. イノベーションは速度を増すと共に、その展開がグローバル化してきたことです。
  2. イノベーションの意味が、技術革新からソーシャルイノベーションを含む広い意味(広義)のイノベーションに変化してきたことです。
  3. それはとりもなおさず、イノベーションの受益者である私たちが、より主体的にイノベーションの良し悪しを評価し、選択し、その方向性に影響を与え始めたことです。

特に、3番目の点は重要です。なぜなら、すべてのイノベーションが有益とは限らないからです。有益なもの、無益なもの、ときには有害なものもあります。また局所的には有益でも、地球全体でみたら有害なもの、あるいは短期的に見たら有益でも、長期的に見たら有害なものもあります。

なので、私たちは、思慮深いイノベーションの受益者でなければなりません。進化論的にいうと、私たちはイノベーションという突然変異のに対する「選択と伝播のメカニズム」 の担い手なのです。

 

しかし、21世紀の変化の速い不確実な世界では、私たちは気づかないうちに短期的、近視眼的、自己中心的な思考にとらわれがちです。その結果、長期的な視点から、かつ緊急に取り組まなければならない問題や課題は、しばしば軽視され、先送りされて、蓄積され、中には深刻化していきます。

私たちは、「選択と伝播のメカニズム」の思慮深い担い手でなければらないのです。 

 

はじめは、自己変革から

 

長期的でマクロの視点から、イノベーションについて考えてきました。

しかし、私たちはそこからどんな日常生活につながるようなヒントを学べるでしょうか?

自身の日々のあり方(being)や行動(doing)につながるどんなヒントが得られるでしょうか?

 

まずイノベーションの発生速度から得られるヒントは次のようなものです。

  1. 小さな殻に閉じこもるのではなく、オープンになり、人との関係を大切にする。そして人の輪(社会的ネットワーク)を広げるよう心がける。(社会性を拡げる)
  2. 自分とは異なる人々や意見を排除するのではなく、その存在を尊重し、好奇心を発揮して、その違いから何かを学ぶ姿勢を持つようにする。(文化的多様性を楽しむ)
  3. 良好なコミュニケーションを保つように常に心がける。できるだけ、話すときはオープンに、自由に、正直に話すよう、また、聞くときは誠実に耳を傾けるよう努めたいものです。(伝達忠実性を高める)

そして21世紀のイノベーションの特徴から得られるヒントは:

  1. 長い目で見れば、社会を変えていくのは、ほかでもない私たち自身であるということです。イノベーションの選択と伝達のプロセスへの思慮深い担い手でなければならなにことです。

はじめは、自己変革からです。4つのヒントが自己変革のお役に立つでしょう。

そして、4つのヒントに触発された人々の輪が拡がっていくならば、かならず社会は変わります。イノベーションの発生速度が速まり、そのうちの有益なものが評価され、選択されて、未来の子孫に伝えられていきます。

 

私たちは私たちの未来の子孫から「よき祖先」と呼ばれるに違いありません。