「対話の基本的な考え方は、人々が輪になって座るということだろう。そうした幾何学的な並びかただと、誰かが有利になるということはない」
「対話の目的は、物事の分析ではなく、議論に勝つことでも意見を交換することでもない。いわば、あなたの意見を目の前に掲げて、それを見ることなのである。――さまざまな人の意見に耳を傾け、それを掲げて、どんな意味なのかよく見ることだ」
デヴィッド・ボーム
☆ 会話のダッシュボード
自動車のダッシュボードには下図のようなスピードメーター(回転速度計)などがのっています。車のスピードが上がればその針は右に振れ、スピードが下がれば左に戻ります。針が右に振れればスピードは上がり、運転には真剣さが増します。
会話もダッシュボードと似ています。当たり障りのない日常会話をしていると思ったら、急にまじめな話になったり、それがつい熱が入って意見が対立し議論に発展したりします。メーターの針が右に振れていくときです。針が左に振れるのは、真剣な会話から、また冗談や当たり障りのない日常会話に戻るときです。
会話のダッシュボードの図は、私たちの会話が、スピードメーターの針がレベルⅠからⅢのあいだを行ったり来たりするように進んでいくことを表しています。
✧ 創造的で豊かな会話
私たちのいう「創造的で豊かな会話」とはレベルⅡとⅢを含む会話です。レベルⅡの誠実な会話が続くと、少しずつお互いの意見や考え方の違いが表面化し、さまざまな意見の交流が起こります。そして意識的にブレーキを踏まないかぎり、さらにレベルⅢの真剣な会話へと進んでいきます。いよいよ意見の相違や対立が顕在化(ハッキリ)してきます。
私たちは、意見の相違や対立が表面化し、さらには顕在化してくることによって、はじめて会話の創造性と豊かさが生まれると思っています。というのは、自己の意見(知識、経験、考え方など)と他者のそれとの「違い」がないところに、学び(気づき、学習、アイディア、創造など)は起こらないからです。違いを認識し、その存在を受け入れることによって、会話の創造性と豊かさ、そして組織や社会に変化と変革がもたらされます。
✧ 敵対へと進むリスク
乗り越えなければならない壁もあります。図にもあるように、意見の相違や対立の顕在化が、考え方の共有と創造へと進むのではなく、敵対と分断へと進むリスクです。(ダッシュボードにある右向きの矢印)
人間には、他の動物と同じように敵から自分を守ろうとする本能があります。脳神経科学ではこれを脳の「闘争、逃走、硬直化反応」と呼びます。山のなかで獰猛な熊に遭遇したときに、とっさに闘うか、逃げるか、それとも固まるかのいずれかの行動をとらせる脳の動物的で自動的な働きです。もしこのありがたい働きがなければ、人間はとっくに滅びていたに違いありません。
厄介なのは、他者から自分のものと異なる意見が主張されると、私たちの脳はあたかも自分自身が他者から攻撃されたように感じて闘争、逃走、硬直化反応を起こしてしまうことです。この反応がひとたび起こってしまうと、好奇心や共感といったより人間的な脳の働きは停止します。その結果が敵対と分断です。この脳の反応は自動的・無意識的であり、私たちの意識の力をもってしても制御できないという問題があります。
✧ 違いの共有と創造への道
私たちは、容易なことではないとは思いますが、敵対と分断を避け、共生と創造への道へすすむことは可能だと思っています。ごく大まかにいうと、少なくとも二つの方法を併用することが必要です。
問題は、人、チーム、組織における負の力を弱め、正のエネルギーを強化するには具体的にどうしたらいいのかです?
この辺はまた別の機会に採り上げたいと思います。
以上